アナログとデジタル

水彩画のような手描き、すなわちアナログ。

これを含み、wacom のような、デジタルの描画。

両者の融合がテーマだ。

水彩画とは、道具を選ぶらしい。

とりわけ紙との相性が強そうだ。

プロなら承知だろうが、何しろ日曜画家では、そこが心許ない。

水彩をテーマにして一筆書いて見たいと思った。

デジタルの描画を書き加える。

アナログとデジタルの両者を融合する。

狙いはそんなところだ。

上手く行くだろうか。

壮大なテーマを抱え込んだ気がしないでもない。

だが、臆することなく進めるのみだと思う。

やって失敗しながら先へ進むしかあるまい。

26Jun12

アナログとデジタル2

第二弾である。

デジタルとアナログの融合だった。

かなり月並みなテーマだ。

それだけに広範にものごとを覆うことでもあるのではないか。

それなら深堀は面白いと思うことにした。

何から取り掛かるか。

デジタルに何を代表させ、アナログは何か。

ということでまずアナログから行ってみる。

水彩と油絵が思い浮かぶ。

日本画やら水墨画。

他にもエッチングやら手法は多々ある。

次にデジタルだ。

これにはいくつか描画ソフトを挙げよう。

古くはフォトショップとイラストレーターがあった。

後者では、筆書きとベジェエ曲線である。

ここまで書いて、また筆を置く。

26Jun121035

 













西安の旅4

今回は、兵馬俑の続きと、華清池と西安事件ついて書く。

まず下の兵士を観ていただこう。

兵馬俑兵士坐像

兵馬俑の中で、お気に入りなのが、この像で、兵士が片膝をついて、半身に構えているリアルなイメージは、とても紀元前のものとは思えない。今にも動き出しそうなほど見事な造形である。

後者の〈華清池〉は

「温泉水滑らかにして凝脂を洗う」

なる『長恨歌』の詩文で有名な、世界三大美女の一人、楊貴妃が湯浴みをした温泉池である。

もう一つ〈西安事件〉は、日本であまり馴染みがない。かいつまんで言えば国民党の蒋介石が、関東軍に追われて逃げのびたところがここで、これは中国で何度もドラマになっているのだ。

西安の旅3

西安といえばなんといっても兵馬俑だ。これは中国観光でも五本指に?数えられる観光地だ。そこへ行ってきた。

兵馬俑は西郊賓館の食堂の入り口にも、多分本物が置いてあった。ひょっとしたら江青女史も、入り口にそれを見ていただろうか。

それはさておき、会場の駐車場がとにかく広かった。以前に来た時の何倍にもなっていたようだった。

国慶節の休暇が終わったばかりだから、観光客は引いていて、少なかった。

ここでは何と言っても兵馬俑、中国観光の五代目玉の一つに数えられる観光地で、これを観ないわけにいかない。

ここへは二度目になるが、以前と比べてずいぶん広くなった。

発掘した兵馬俑の数が飛躍的に多くなっているようだ。

建屋がいくつも増えていた。

この出口の近くで、ランチにビャンビャン麺を食べた。お茶が一個二百四十元(日本円で一千円)もした。食事の値段に比べるととても高い。

ランチの後、城壁を歩いて、そこから西安碑林を見学する。

そのあと地下鉄に乗る。

同じホテルで宿泊。

25Apr04

西安の旅2

空旅も目的地に近づいて、夕闇が迫るころ、空港に近づいた。

すると、眼下に煌めく都市の光が飛び込んできた。

中国大陸に飛行機が入ってから、見える大地はずっと単調だった。

どこまでも広がる、黄土高原といったらいいのか、禿山の黄色い大地が拡がるばかり。

時々うねる水の流れは黄河だろうか、それぐらいしか惹きつけられるものがなかった。

 

西安の上空へくると、景色は一変した。

煌びやかな街あかりが大地を浮き上がらせるように輝く。

飛行機は大きく拡がる街の明かりを楽しませてくれる。

ゆっくりと大きく、光る大地を眼下に旋回した。

 

空港で入国の手続きを済ますと、待っていた車に乗り込んだ。

光の筋になっている道路のヘッドライトは、大きな竜となっている。

数ある道路の一つを私たちは走り出した。

夥しい交通量とともに、車列は都市へと吸い込まれていく。

そのうちに長く続く城郭の石垣を左に見て走るようになった。

やがて角を曲がるとホテルに横付けされた。

 

あくる朝、西安のホテルを出たら、車で兵馬俑へ向かう。

ここへは二度目になるが、以前と比べてずいぶん広くなった。

発掘した兵馬俑の数が飛躍的に多くなっているようだ。

建屋がいくつも増えていた。

 

この出口の近くで、ランチにビャンビャン麺を食べた。お茶が一個二百四十元(日本円で一千円)もした。食事の値段に比べるととても高い。

ランチの後、城壁を歩いて、そこから西安碑林を見学する。

そのあと地下鉄に乗る。

同じホテルで宿泊。

25Apr2





 

質屋カード、もしくは実質金本位性

各国通貨が怪しい。

通貨が値下がりしていく。例えば弗の値下がり。

通貨安時代ということが、広く深く進行するのではないか。

 

各国のナショナルバンクは、通貨の大量発行をして、通貨の値打ちがどんどん落ちていく。ドル安だけではなくて、円安、ユーロ安と広がっていく。他の国も推して知るべし。

 

これを深掘りすると、各国のナショナルバンクが国債を大量発行し、通貨を大量に刷る時代となって、各国通貨の値打ちがどんどん下がる。すると、どうなるのだろうか。

 

国が金本位性にしなくても、民間ベースでナショナルバンクの信用が下がり、相対的にコモディティーが高くなる。米や野菜では実証中だ。

 

インフレの進行である。

 

そこで民間金本位制と名付けたい事態が出現した。

 

コメ兵(名古屋で言えば)とか、それから質屋ベースの金取引が進む。とうとう彼ら(コメ兵などが)が、自ら質屋カードを発行して、いわゆる「金本位カード」と名付けるようなことが、進むことになる。

 

実質金本位制に、移行するというのだが、この予想は、どうだろうか。

25Apr01

つげ義春のお遍路

究極には無意味に至る。

 

ある種の表現行為で、という限定付きだし、この場合絵を描くことにおいてだが。そういうこと、と、いうのかな。そんなことが実際にあるのか、…。

 

ともかく、それが、つげ義春の口から出ているような気がして、

「…、どんな芸術でも、最終的に意味を排除するのが目標だと、思っているんですよ。」(『芸術新潮』2014Jan))

といっている。

 

そして、「つげ義春マンガ表現の開拓者」という特集に、お遍路の絵があって、圧倒されて心は四国に飛んでいってしまったのだ。

 

お遍路の場面でも、何番札所なるお寺も捨象されて、空は異様にさくら色、草も緑が現実離れして、筆も異様だ。これはまさにお遍路の心象なのだ。リアルの涯に翔んでいっている。シュルレアリスムということはこういうことなのかもしれないが、芸術のことはよく分からないな。

 

この絵は著作権のことがあるので、掲げられないから、舌足らずになってしまう。

 

昔からつげ義春が好きで、竹中直人の作った映画『無能の人』も観た。とにかく大好きな作家で目が放せなくなっている。

25Mar221